スマホ依存。機械に頼りすぎな世の中について考えよう

先日、スマートフォンが動かなくなってプチパニックでした。

電車の中で画面が真っ暗になって何をしても動かず、本当に焦りました。

その日は職場の先輩約束があって、行かなければならないところがあったのです。

初めてその場所に行くのにも関わらず、
私は電車の中でスマホの地図アプリで場所を確認すればいいやと軽い気持ちで思ってしまっていたのです。

そのせいで最寄り駅まではわかるものの、スマホが動かないと目的地がわからず…どうしたってたどりつきません。

場所は慣れない新宿駅だったので、尚更パニックでした。

まず、公衆電話を探しました。公衆電話ってなかなか見つかりませんね。
探しに探して、やっとのことでデパートの入口に見つけました。

一応お財布にテレホンカードを入れていたので、これで電話をかけることに。

ちびまる子ちゃん。

でも、約束していた先輩の電話番号はわからず、どうしよう。。

自宅、両親の電話番号は覚えていたので、とりあえず掛けてみたけれど、誰も出ず。笑

そんな時、奇跡的に職場の電話番号が私の脳内に降ってきてくれたので、おそるおそるかけてみたらつながって、職場の人に事情を言ったら先輩の番号を教えてもらうことに成功しました。

幸いなことに、連絡がつながり目的地にもたどりつき、先輩にも会うことが出来て、本当によかったです。
ホッとしました。。

今の時代、スマホが使えないと本当に大変だということを改めて感じることができた一日でした。

スマホがないと、約束の場所にもいけない。
自分は何も出来なくなってしまうのか?
こんなにも自分はちっぽけなのか…?!と思い知らされました。

私にとってスマホは、身体の一部のような存在になってきているので、それが動かなくなると、正常ではいられません。

考えてみると…一人でいる時とか暇な時はほとんどスマホとにらめっこしている気がします。

仕事、誰かと会う時、食事、読書、ピアノを弾く以外はスマホが大半をしめているかもしれません。

誰かと連絡をとるのはもちろん、買い物も娯楽もビジネスも情報収集も全部これ一台でこなせてしまうのですから。。

こんなに便利なものはありません。

今はわからないこともググれば一瞬で出てきます。
世界中の知りたい情報をすぐに知ることが出来るってやっぱりすごいことだと思うし、
情報があふれていてインターネットで人とのつながりをもつこともできる。
それって幸せなことだと思うのです。

「情報があふれすぎて何が本当なのか嘘なのかわからない」というのは、現代人の幸せな悩みなのかもしれません。

不便よりも便利な方がいいに越したことはないのです。

でも私は時々「ひと昔前まではスマホは世の中に存在しなかったんだよなぁ…」と考えたりします。

今さら、急にこれを手放すことはきっと出来ないでしょう。。

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〜スマホのない生活を想像しよう〜

それではここで、スマホのない生活を想像してみましょう。

友達と待ち合わせ。

あえて今日はスマホを家に置いて出かけることに。

いつもは乗換案内アプリでギリギリに電車を調べて

「今電車のったよー!11時につく予定。改札あたりで待ち合わせしよっか?迷ったら連絡ちょーだい」

とLINEするけれど、それはできないので、
あらかじめ「何時にここ」とはっきり決めておかなければなりません。

たとえ寝坊したり電車が遅延してもLINEすれば相手に伝わりますが、
スマホがないので、絶対に遅れないようにかなり余裕を持って行く必要があります。

色々大変だったけれど、無事友達と会うことに成功。

しかし、ここでまさかの大地震発生。

帰宅難民になってしまいます。

家族は無事だろうか?
きっと家族も心配しているだろうな…
でもスマホがないから連絡も取れず、情報も入ってこない…

想像してみたらやっぱりスマホがないとダメでした。。
何かあった時のためにも、スマホは助けてくれることだってあるのですから。

ひと昔前までそれは無いことが普通だったのに、今はそれが普通ではない。ということに時折恐ろしくなります。

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〜クラシック音楽と照らし合わせてみる〜

クラシック音楽を見つめていると感じることがあります。

自分はこの曲を楽譜からそのまま読み取って自分なりに弾いているけれど、ショパンがこれを書いた時は今と状況が全然違う。

ショパンが生きていた当時は私たちにとって当たり前であるパソコンやスマホやこんなに速い乗り物はなかった。

ショパンに現代の姿を見せたらきっとびっくりするだろうなぁ。。

反対に、ショパンは私たちの知らない戦争を経験しています。国も違うし、全然異なる世界。
だからこそ、たくさんの名曲を残すことが出来た。

ショパンの時代が今のように便利な世の中で戦争もなかったら、ショパンの音楽は全く違うものになっていたかもしれません。

そして、いくら現代人が当時の時代背景を勉強しても、
現代人からみたバラードとショパンからみたバラードは全く異なるかもしれません。

けれど、そんな時代も国も全く異なる別世界でも、同じ曲が演奏されていることはとても喜ばしいことだと感じます。

同じバラードでも色々なバラードがあって面白いではないですか。

音楽は、国境だけでなく時代も超えています。

〜たまには機械を手放してみる〜

今は機械中心にまわっている便利な世の中。
それが現代のかたちだと思います。

その中で生活している私たち。
機械の力で私たちの生活のほとんどが成り立っていると言っても過言ではないかもしれません。

時代は変わっていくし、私たちはそれを受け入れ、時代に合った生活をしていかなければなりません。

でもそんなときこそ、できる範囲でいいから、たまには頼りすぎな機械を手放して、ひと昔前にタイムスリップするような気持ちで本来の自然な姿と向き合う時間も、必要だと思った今日この頃です。

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