音楽と言葉の関係性。表現、解説すること。

世の中に音楽はあふれています。
音楽を必要としている人はたくさんいます。
そして、音楽に興味、関心を抱き、専門的に勉強したくなる人もいます。
私もそのうちのひとりで、これまでも音楽と深く関わってきました。

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専門的に音楽と接する人の中には、楽曲を分析したり、解説したりする人もいますよね。

そういう方たちのおかげでこれまでの音楽の歴史は多くの人々に理解、解釈されてきました。解説したりする人々は必要不可欠な存在です。

でも音楽と言葉の関係性って不思議です。
実を言うと私は音楽の解説をすることにとても苦手意識を持っています。
音楽は言葉のみではとても片付けられないと思っているからです。
たとえば、誰もが知るベートーヴェンの「運命」という曲に対しての解説をするならば、どう言えばいいでしょうか。
簡潔に言葉に表すならば、、

衝撃的な冒頭部分から始まり、力強く勇ましい曲。冒頭部分はベートーヴェンが「運命はこのように扉を叩くのだ」と述べている。情熱的な激しさの中にもベートーヴェンの優しさあふれるあたたかいフレーズも表れ、美しい曲。

こんな風に私はこの曲を解釈しましたが、たとえ私のような人ではなく、どんなに文才のある人でさえ、この曲について完全に解説しきることは出来ないのでは…と思うのです。音の高低や表情の変化、楽典的なことうんぬんではなく、音楽のもっている独特な、もっと深いところにある人間の心を動かすもの。それを言葉で表現しきるのは不可能だと感じるのです。

なぜなら、それは当たり前のごとく、音楽と言葉は性質が異なるからです。

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でもやっぱり音楽について感想を述べたい時、語り合いたい時、共有したい時など、その手段はかならず言語でなければならないのです。

私もこうやってみなさんと音楽を共有したくて、ブログに文章を書いているけれど、音楽を完全に表すことが出来ず限界を感じることがあります。

そもそも音楽はなぜ生まれたかと言うと、言語や感情が起源になっているという説があるようです。

人同士のコミュニケーションをとるために言葉があり、なくてはならないものですが、それだけでは心が満たされなかったのでしょうか。言葉だけでは表せないもっと深いものがあると気がついた当時の人間たちが生み出したのでしょうか。

きっとそうなのでは、と私は思います。
歌声や打楽器から始まった音楽は、やがてありとあらゆる楽器、楽曲、演奏家を生み出し、歴史を刻み、今の音楽があります。

もちろんそれと共に言葉も増え、発展してきました。小説や手紙を読んで心動かされることもあります。こんなに素晴らしい言葉があふれているのですから。
でも、それよりももっと人間の心の奥に直接届くような、言葉では到底表すことができないものが、音楽なのではと私は思います。

では言葉と音楽が融合した歌詞付きの歌はどうなのでしょうか?
私なりの解釈ではありますが、歌詞にも色々あり、誰かに伝えたい言葉が歌詞になっている場合もありますし、その歌詞は特に伝えたい言葉ではなく、語呂合わせだったり美的感覚で選んでいる場合もあります。その歌詞が誰かに向けて伝えたい言葉なのであれば、音楽に乗せることでより抑揚がついて、感情豊かになり心に届けることができる効果があると感じます。語呂合わせや美的感覚で選んでいる言葉は決して手抜きなどではなく、言葉そのものに深い意味はなく、その言葉の発する音を音楽としてとらえている可能性があるので、歌詞と音楽合わせてひとつの音楽と考えていいのではないでしょうか。

私は小説も大好きでよく読みますし、音楽のない文章や言葉を批判しているのでは決してありません。むしろ、音楽は言葉の延長線上にあり、言葉がなければ存在しなかったかもしれないものです。言葉というものは非常にありがたい先祖からの贈り物です。ご先祖さまはそれに付け足して、音楽というスペシャルな贈り物も一緒に添えてくれたのかなって思います。

音楽と言葉はこのように密接な関係にありながら、それぞれにいいところがあって、お互いが足りないところを補っているような気がします。

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