母校での教育実習で学んだことは凄まじかった

私は以前、学校の先生を目指していたこともあり、音大で中学、高校の教職課程をとっていました。

大学4年生の時に教育実習があり、母校に再びお世話になりました。

正直、私はあの厳しすぎる母校に戻るのはとても嫌でした。

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教育実習生には更に厳しいと聞いていたので…。

でも先生になるのならそれくらい乗り越えなければ!

という覚悟で3週間を過ごしました。

私の担当の先生は学校の中でも一番厳しいことで有名な先生に決まりました。

すごく不安でいっぱいでしたが、3週間の辛抱だと思い、頑張ろうと決めました。

音大ですので音楽の先生として行きました。

挨拶に伺った始めのうちから先生はものすごく冷たかったです。

私はピアノは得意ですが、歌は苦手でして…音楽の授業というと歌の指導が中心となってくるので、かなり苦労しました。

指導案を作るのも大変。

先生って大変ですね。

イタリア歌曲の指導だったのですが、巻き舌は出来ないし、声は出ないし、先生には

「あなた歌ヘタよ。あと巻き舌出来ないなんてありえないから。授業はじまるあさってまでに巻き舌できるようにしてきて。」

と言われてしまい、2日間でできることは限られていましたが精一杯のことをやり、巻き舌もなんとかできるように頑張りました。

なるべく先生を怒らせないように、先生の言うことをきちんと聞き、最大限の努力をして良い授業ができるようにと、エネルギーを出しきったのを覚えています。

実習中、なぜか「教育実習生のコンサート」が毎回恒例となっているので、先生方や生徒たちの前でピアノを披露するために練習もバリバリしていました。

なんとか無事終えることが出来ましたが、おかげで私はげっそり…

当時の写真を見返すと、頬がこけています。(笑)

実習生の中で選ばれた1人が「研究授業」というものに参加できます。

これは、いつも通りの授業をするだけなのですが、たくさんの先生が見に来るという、なんとも公開処刑のような会です。

それに私は選ばれてしまい、研究授業を行ないました。

それが私にとって最後の授業となりました。

最後の授業を終えた後、担当の先生に講評を伺いに職員室に入りました。先生は

「おつかれさま。なんかさ、あなたってなんか足りないよね、個性がない。演奏も味気ない。もっと殻を破りなよ」

と言いました。

そのとたん、私は涙がこぼれおち、止まらなくなってしまいました。

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職員室の真ん中で号泣してしまったのです。

周りの先生方はびっくりです。

私は、中学、高校の頃から演奏に関してピアノの先生から

「良い演奏なんだけど何かが足りない」

と言われ続けていて、その原因が何かがわからず、ずっと悩んでいたので、なんというか、その時一番の弱点を先生に見抜かれた!バレた!というような気持ちになって、泣いてしまったのです。

先生もさすがに私の泣き様にびっくりして、

「ち、ちょっと、大丈夫?!」

と、ティッシュをたくさんくれました。

私は目も鼻も真っ赤になってしまって、顔がぐちゃぐちゃ。。先生は

「もっと、ありのままを出しなさいよ。おうちでもこんな感じなの?もっとおバカなことしたりしないの?そういうところをもっと出していきなさいよ。なんか真面目すぎてロボットみたいだよ」

と言いました。そして

「この学校に通っていたからこうなっちゃったのかしら。今のうちに素を出していかなきゃ、歳を取るともっと出しにくくなってくるんだから。海外で音楽を学んでみたらどうかしら。外国に行くと音楽のとらえ方ががらっと変わって解放されるよ。あ、南国にでも行って休むのが先かしら…ね!?!?」

と、なぐさめられ…その時は取り乱してしまってものすごく恥ずかしかったです。

始めは厳しくて嫌だなと思っていた先生はただ厳しいだけではなく、愛情をもって精一杯私と向き合ってくださったのだなと感じました。

結局、学校の先生にはなっていませんが、教育実習に行って得られたものはすごく大きかったです。

今思うとあれは人生の山場でした。

P.S.職員室で号泣したあと、顔はぐちゃぐちゃだし涙も止まらず、トイレでしばらく泣き崩れ、帰りのホームルームに姿をあらわさず、私は行方不明になり、クラスでちょっとした騒ぎになったようです。。。

ごめんなさいm(_ _)m

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