毎日を生きるって奇跡。1日を大切に。

私の生徒さんの中には、生まれつき心臓が弱く、生まれた直後に心臓の手術をし、何度もの危篤状態を乗り越えたAくんがいます。

そんなAくんですが、いい意味でそんなことがあったとは思えないほど、ごく普通の男の子です。

一度も休まずレッスンに来てくれますし、とにかくめちゃくちゃ元気で、やんちゃで、女の子が大好きで、いたずらっこなので、私も普通の子として接していました。

音楽が大好きで、ピアノも歌もとても上手です。Aくんは3歳前からピアノを習い始め、1年が経ちました。

4歳になる少し前、元気だったAくんは重篤になってしまいました。

私にその連絡がきたのは演奏会中、楽屋で出番を待っていた時です。Aくんも演奏会に来てくれるはずでした。

会社の上司からでした。「Aくんが重篤になりました。もう、だめかもしれない。」

信じられませんでした。心臓が弱いことは聞いていたけれど、先週まであんなに元気いっぱいだったAくんが、そんなことになるはずがない…と思いました。

演奏会中でしたが頭がAくんのことだらけになりました。Aくんへの祈りを演奏で届けるつもりで弾きました。

次の日、真っ先に病院へ向かいましたが、Aくんは集中治療室にいるため、会えませんでした。

お母さまにお会いし、お話することが出来ました。お母さまはずっと泣いていました。

Aくんは低体温療法で心臓以外のすべてが眠らされており、脳も眠っていたようです。

今まで何度も危篤状態になったけれど、今度こそ本当にだめかもしれないとのこと。その時の私はかけてあげる言葉も見つからず、一緒に泣くしかありませんでした。

Aくんが聴きに来れなかった演奏会のCDを急遽焼いたものと、亡き祖母がくれたオルゴールを持っていきました。

後日メールがきて、ずっと眠っているはずなのに、音楽を流しているときは脳波が反応するとのこと。

音楽を流したことで聴こえているということがわかったそうです。

それからはたくさんの大好きな音楽をかけて、脳を刺激するようになりました。

すべて順調にいくわけではありませんでした。肺に気胸ができたり、また心臓が止まったりもしました。

でもお医者さんから今度こそはもうだめだと言われても、Aくんはそれを乗り越えました。

低体温療法が終わり、入院して1、2ヶ月くらいたった頃、目をぱちぱち動かすようになったそうです。そして徐々に動きが激しくなっていったようです。

お医者さんもお母さまも、とにかくAくんにたくさん刺激を与えて、頑張ったそうです。

ある日、看護師さんからリハビリを勧められたようで、リハビリも始まりました。

そして入院して半年ほどが経ちました。お母さまと連絡がつながり、外出許可が出て、ようやくAくんと再会できるとのこと。

そして今日、Aくんとの再会を果たしました。

車椅子に乗って、少し痩せていました。気管支挿管しているのでお話はできませんが、ほとんど以前のAくんそのままでした。

病院のロビーで1時間半も一緒にいました。

ピアノのレッスンに通っていた頃の思い出話をたくさんしました。

「Aくんはいたずらっこだったよね」「女の子が大好きなんだよね」などなど。

お母さまも、にこにこ。とても楽しい時間でした。

発表会の時に弾いた歌を歌ってあげると、Aくんが笑顔を見せました。その瞬間は本当に感動しました。

帰り際に「また、会いに来るね。先生、Aくんのこと大好きだよ」と言いました。

お母さまが気遣われて、「まぁ、嬉しい。Aくんも、先生のこと大好きだよね!」とおっしゃると、Aくんはぱちくりとまばたきをしました。

これは「YES」のサインだとお母さまが教えてくださいました。

Aくんはまだ4歳です。まだ4年しか生きていませんが、たくさんの大変な試練を乗り越えてきました。すごい生命力です。尊敬します。自分がちっぽけに思えてきました。

Aくんの今の目標は歩けるようになることと、今は鼻からごはんを摂っていますが、飲み込めるようになって口からごはんを食べることだそうです。

リハビリは私たちの予想以上に大変だと思いますが、Aくんなら乗り越えてくれるでしょう。そして新たに目標は広がっていくことでしょう。

小さいのに、こんなに誰よりも生命力の強い生徒を持てていること、誇りに思います。元気になったらまた教室に戻りたいとお母さまは言っています。

私たちは当たり前に毎日を過ごしているけれど、毎日を生きるって奇跡なんだなと思いました。1日1日を大切に生きようと思いました。

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