本番でのピアノのミスタッチについて。音楽の本質とは?

「本番で人前で演奏する時に、間違えたらどうしようと考えてしまいます。」

たくさんの生徒さんがお悩みのようでよく相談されます。

私もかつては同じように悩んでいました。

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「間違えたらどうしよう」と思うと不安になるし、絶対に間違えないように、という考えだけが勝ってしまうと表現力が劣ってしまいます。

そうすると演奏の本質が変わってきてしまいます。

かつての私はノーミスだけれどもロボットのような演奏をしていたはずです。

演奏者にとって、多少はごまかしの技術が必要だと思います。

というのも、演奏は消しゴムで消すことができません。

たとえば学校の数学のテストで、答えの欄にもし間違った答えを書いたとしてもテスト時間中であれば消しゴムで消してまた書き直すことができます。

テストの見直しは大事ですね。

でも、演奏はそういう訳にはいきません。

なぜなら演奏は時間とともに進み、その曲が終わるまで後戻りは出来ないからです。

なので、たとえミスタッチしたとしてももう一度その部分を弾き直して「これが本当の答え(音)です」というように消しゴムで消して直すことは演奏には向いていません。

もちろん、練習中だったらミスタッチをすることなんてしょっちゅうあるのですから、その時はいくらでも消しゴムで消して楽譜にある正しい答え(音)を弾き直してミスタッチを減らす努力をする必要がありますが、発表会などの本番前の練習では、その練習はもちろん、「ミスタッチをしてもうまくごまかして次に進んでしまう」という練習も少なからず必要かと私は思っています。

音楽は曲が終了するまでは時間とともに流れていくのが自然ですから、消しゴムでは消せませんね。

たとえ少しミスをしたとしても、本番中であれば小さなことは気にせず、まるで絵の具の2色を混ぜた中間の色のようにペダルでちょっぴりごまかして、先に進むことも時には必要ですね。

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少しミスをしたからって「あっ!」と思ってそれ以降焦りながら弾いてしまったり、曲が止まってしまったりすることはできれば避けたいです。

聴いているお客さんも焦ってしまいますね。小さなミスよりも、「自分はこの曲を通じて何を伝えたいか?どう弾きたいか?」という表現的なことを重視しましょう。

間違えた!あちゃー。と思って後で録音したものを聴いてみたら、ミスはどこだっけ?と思うほど目立たなかった、ということだってよくあります。

自分が思ってるほどのミスじゃないことだってあります。

一般教養と芸術のあり方の違い。少しぐらい間違えたって、もっと自由でいいのではないか?

演奏家がミスタッチを沢山するのはたしかに問題です。やはり、ノーミスで弾くことは理想なのかもしれません。

でも、それでは原点に戻ってみましょう。

人はなぜ演奏するのでしょうか?

なぜ音楽を聴くのでしょうか?

ノーミスで完璧な手さばきをしたいor見たい為でしょうか?

やはり多くの人が音楽に求めるものとは、癒しだったり、刺激だったり…心に関するものなのではないでしょうか?

つまり、感動です。

だったら、ミスタッチうんぬんよりも、もっと他のことに集中できるようにするべきなのではなかろうか?と思う今日この頃です。

間違えたっていいのです。人間が作り出す音楽は、ロボットじゃないのです。

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